5月12日(金)に、榛原地区教育協会主催の教育講演会がい〜らで開催され、聞いてきました。
演題は「ダウン症の娘(こ)と共に生きて」、講師は書家の金澤泰子さんです。
先生方も参加されていて、坂下先生や富田先生に会いました。講演の司会は和田先生でした。
ちょっと長くなってしまいますが、講演の内容と、私の感想を書いてみたいと思います。
金澤泰子さんには、演題のとおりダウン症の娘さんがいらっしゃいます。
お名前は翔子さんと言って、泰子さんと同じく書家をしています。
その翔子さんとの経験から、ダウン症ならでは物事の感じ方、捉え方や、親としての苦悩、そしてダウン症でありながら書家として生きていけるようになったことをお話されました。
翔子さんの物事の感じ方、捉え方はとても純粋だということでした。
例えば、競争心がないから、人を羨んだり妬んだりしない、社会の仕組みが理解できないから、世俗の欲望がないなどです。
その結果、とても純粋な魂が育ち、翔子さんの書いた書を見て涙する人がいるということをおっしゃいました。
一方で、ダウン症ですから、翔子さんがまだ幼い30年前は、時代背景もあって本当に辛かったそうです。
そのために引きこもって写経をしていたそうです。
やがて小学校に入りましたが、何をやってもビリで、こういう子は生きていけないと思っていたそうです。
そのような中、学校の先生に、この子がいるとクラスが優しくなると言われ、勇気を与えられたそうです。
ビリでも喜んでいる姿を見て、翔子さんにはビリという位置がある、神は無用なものは作らないのだと。
泰子さんは当時、こうして親子二人で苦しんで生きてきたと思っていました。
ところが、翔子さんはいつも楽しく学校に通っていたそうです。
翔子さんは苦しんでいなかったということを知ったのでした。
大人になり、書家として活動するようになって、一人でも生きていけるようにするために、給料を払うようにしたそうです。
今では給料の交渉もするようになりました。
さらに、おそらく日本初ではないかと思いますが、一人暮らしをするようになりました。
ダウン症では、このようなことはできないと思っていましたが、料理など小さなことから少しずつ、一人でやらせることで、達成感を感じさせることで、少しずつできるようになっていったそうです。
過保護、過干渉しないでください。
こんな話がありました。ダウン症の歩けない男の子が、翔子さんと過ごしたとき、翔子さんが手を取って、歩けるようになったそうです。
親が歩けないと思いこんでいただけだったのです。
障害者はすごい世界を見せてくれました。やらせればできてしまうのです。
子供たちを信じて、いろいろなことをやらせてあげてください。
そう締めくくられました。
ダウン症の話と思っていましたが、争いや世俗の欲望のない世界観は、悟りの境地のようですし、やらせればできてしまうその能力は、すべての子供たち、すべての人につながる話だと感じました。
社会の仕組みの中で生きていると、悟りの世界に至ることは難しいですが、ただ、そう言った視点を持つことができれば、皆がより生きやすくなるだろうと思います。
そして、子供たちを信じていろいろなことをやらせてあげるのは、ぜひ私も実践して、子供たちの持つ力を存分に発揮させてあげたいと思いました。