コロンビアトップ・ライトという漫才師が、テレビで活躍していたのはずいぶん前のことです。お父さんやお母さんは知っているはずです。まぁ、テレビによく出るような漫才師ではありませんでしたが、笑点や正月番組にはよく出ていました。きれいな声ではなく、味のある声の漫才師でした。
そんな2人のうち、コロンビアライトさんに、ある日とんでもない出来事が起こります。舞台で漫才をしているとき、突然声が出なくなってしまうのです。新聞でも、その出来事は大きく報じられました。原因は、ガンでした。のどにガンができてしまって、声帯というところを取らなければ、命はないとのことです。声帯というところは、声を出すために絶対に必要な場所です。みんな、声帯を震わせることによって声をだしています。もしも声帯がなかったら、声は出ません。声帯を取る、それは、コロンビアライトさんにとっては、命を取るのと同じことです。声帯をとり、声が出ないでは、漫才師はできません。コロンビアライトさんは、悩んだあげく、声帯を取る決意をします。
手術は成功しました。コロンビアライトさんの声は、出なくなりました。でも、声を取り戻すためのリハビリを始めました。何ヶ月も、何年も、やっとのおもいで「ああ。」の一言が出せるようになりました。「ああ。」の一言のために、何年もかけたのです。声帯はありませんから、代わりに食道をふるわせて、しぼりだすような「ああ。」です。ただの「ああ。」だけでしたが、コロンビアライトさんは、大喜びしました。
大喜びしていた横には、奥さんがいます。いっしょになって喜ぶかと思いきや、奥さんはきつい一言。
「あんた、なに言ってるのか、よく分からん。意味ないよ。」
本当は、一緒になって喜んであげたかったのですが、コロンビアライトさんのその時の夢を奥さんは知っていたから、「ああ。」ぐらいでは喜びを隠したんです。コロンビアライトさんの目指しているところは、もう一度、漫才ができるようになることでした。
周りの漫才師たちは、みんな口をそろえて、「コロンビアトップ・ライトの漫才は終わりだ。」と言ってました。声帯がなくてはどうしようもない、漫才をやるまでは無理だと、担当の医師も言いました。でも、コロンビアライトさんも、奥さんも、あきらめなかったんです。コロンビアライトさんは、奥さんの、「あんた、なに言ってるのか、分からん。意味ない。」の一言に、さらにやる気になりました。奥さんの気持ちもよく分かったからでした。すさまじい努力を続けて、さらに何年かたち、失った声を完全に取り戻すのです。
コロンビアライトさんの、壮絶な人生は、テレビ番組で知りました。コロンビアライトさんは、その番組の中で、こんな言葉を残しました。
「わたしは、必死の思いで、取り戻したこの声は、感謝の気持ちや、幸せな気持ちを伝える、美しい言葉のみを発するものでありたい。」
声と言っても、食道をふるわせてのかすれた声でしたが、わたしの心にはずしんときました。コロンビアライトさんの心が、おもいっきり詰まった言葉だったので、とても感動しました。
感謝の気持ちを伝える言葉、みなさんはどんな言葉を浮かべますか。
迷わず、「ありがとう。」ではないですか。
ばか、あほ、死ね、消えろ、むかつく、ださい、うざい、言葉によって、目の前の人にダメージを与えるのは簡単です。でも、「ありがとう。」は、言葉によって、目の前の人を幸せにもできるのです。「ありがとう。」こそが、コロンビアライトさんが言う、「美しい言葉」なんだと思います。
昨年度、6年生を担任して、最後にこんな話をしました。
「いよいよ卒業式に向かって仕上げの時。君たちが最後の最後にやらなければいけないことは、ありがとうをどう伝えるかだよね。そして、ありがとう。をきちんと伝えられる言葉こそ、卒業式の巣立ちの言葉。この巣立ちの言葉に心を込めることで、ありがとうは伝わります。地域の方に、在校生に、お父さんお母さんに、そして先生に。6年間のありがとうをすべて巣立ちの言葉に詰め込むんです。それが、君たちが最後にやらなければいけないことだよね。」
あいさつを大切にすることは、校長先生が子どもたちにも、教職員にも話されたことです。みんなが、あいさつを大事にしています。「ありがとう。」も、素敵な挨拶の一つ。みんなで「ありがとう。」に気持ちを込めて、目の前の人を幸せにしていきたいです。